ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」抜粋

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」抜粋

以前読んだ本の抜粋を載せて置きます。

ちょっと辛かった時期に読んだ本です。

ヴィクトール・E・フランクルのナチス強制収容所経験に基づいた経験談です。名著なので私が説明する必要はないですね。夜陰に乗じ、霧に紛れて人々が何処ともなく連れ去られ、消え去った歴史的事実を表現する言い回しが本のタイトルになっています。

初版:1997年9月

※新版:2002年11月5日 池田香代子さんが訳した物を読みました。

十二本の煙草

十二本の煙草はなんと一二杯のスープを意味し、一二杯のスープはさしあたり二週間は餓死の危険から命を守ることを意味した。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P7より引用

恩赦妄想

精神医学では、いわゆる恩赦妄想という病像が知られている。死刑を宣告された者が処刑の直前に、土壇場で自分は恩赦されるのだ、と空想しはじめるのだ。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P14より引用

人間はなんでも可能だというこの驚き

人間にはなんでも可能だというこの驚きを、あといくつかだけ挙げておこう。収容所暮らしでは、一度も歯をみがかず、そして明らかにビタミンは極度に不足していたのに、歯茎は以前の栄養状態のよかったころより健康だった。あるいはまた、半年間、たった一枚の同じシャツを着て、どう見てもシャツとは言えなくなり、洗い場の水道が凍ってしまったために、何日も体の一部となり洗うこともままならず、傷だらけの手は土木作業のために汚れていたのに、傷口は化膿しなかった(もちろん、寒さが影響してくれば別だったが)。あるいは、以前は隣の部屋でかすかな物音がしても目を覚まし、そうなるともう寝付けなかった人が、仲間とぎゅう詰めになり、耳元で盛大ないびきを聞かせられても、横になった途端にぐっすりと寝入ってしまった。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P27より引用

異常な状況では異常な反応を示すのが正常

特定のことは直面しても分別を失わない者は、そもそも分別をもっていないのだ。異常な状況では異常な反応を示すのが正常なのだ。精神医学者の立場からも、人間は正常であるほど、例えば精神病院に入れられるといった異常な状況に置かれると異常な反応を示すことは、充分に予測できる。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P31より引用

この現実に較べたらまだましだ

とにかく、あれは忘れられない。ある夜、隣で眠っていた仲間が何か恐ろしい悪夢にうなされて、声をあげてうめき、身をよじっているので目を覚ました。以前からわたしは、恐ろしい妄想や夢に苦しめられている人を見るに見かねるたちだった。そこで近づいて、悪夢に苦しんでいる哀れな仲間を起こそうとした。その瞬間、自分がしようとした事に愕然として、揺り起こそうとさしのべた手を即座に引っこめた。そのとき思い知ったのだ、どんな夢も、最悪の夢でさえ、すんでのところで仲間の目を覚まして引きもどそうとした、収容所でわたしたちを取り巻いているこの現実に較べたらまだましだ、と……。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P47より引用

世界はどうしてこんなに美しいんだ!

被収容者の内面が深まると、たまに芸術や自然に接することが強烈な経験となった。この経験は、世界やしんそこ恐怖すべき状況を忘れさせてあまりあるほど圧倒的だった。とうてい信じられない光景だろうが、わたしたちは、アウシュビッツからバイエルン地方にある収容所に向かう護送車の鉄格子の隙間から、頂が今まさに夕焼けの茜色に照り映えているザルツブルクの山並みを見上げて、顔を輝かせ、うっとりとしていた。わたしたちは、現実には生に終止符を打たれた人間だったのにーあるいはだからこそー何年ものあいだ目にできなかった美しい自然に魅了されたのだ。また収容所で、作業中にだれかが、そばで苦役にあえいでいる仲間に、たまたま目にしたすばらしい情景に注意をうながすこともあった。たとえば、秘密お巨大地下需要工場を建設していたバイエルンの森で、今まさに沈んでいく夕日の光が、そびえる木立のあいだから射し込むさまが、まるでデューラーの有名な水彩画のようだったりしたときなどだ。

あるいはまた、ある夕べ、わたしたちが労働で死ぬほど疲れて、スープの腕を手に、居住棟のむき出しの上の床にへたりこんでいたときに、突然、仲間がとびこんで、疲れていようが寒かろうが、とにかく点呼場に出たい、と急ぎたてた。太陽が沈んでいくさまを見逃せまいという、ただそれだけのために。

そしてわたしたちは、暗く燃えあがる雲におおわれた西の空をながめ、地平線いっぱいに、鉄色から血のように輝く赤まで、この世のものとも思えない色合いでたえずさまざまに幻想的な形を変えていく雲をながめた。その下には、それとは対照的に、収容所の殺伐とした灰色の群れとぬかるんだ点呼場が広がり、水たまりは燃えるような天空を映していた。

わたしたちは数分間、言葉もなく心を奪われていたが、だれかが言った。

「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P64より引用

たったひとりの厨房係

積極的な喜びには、ほんの小さなものですら、ごくまれにしか出会えなかった。喜びの総ざらいをしてみたことがあるが、そのときのことは鮮明に覚えている。積極的な喜びを味わった経験を数えてみたら、長い、ほんとうに長いあいだに、わたしは心からうれしいと思った瞬間をたったの二回しか経験していなかった。

それはたとえば、作業現場から収容所に帰ってきて、炊事棟の前で長いこと待たされたすえに中に入れられ、厨房係の被収容者Fが仕切る前に並ぶように指示されたときだった。Fは大鍋のそばに陣取って、仲間が列をなしてせかせかと進みながらさしだす皿にスープを注いでいた。Fは、皿をさしだす者の顔を見ない、たったひとりの厨房係だった。スープを文字どおり『人を見ないで』公平に分け、個人的なつきあいのある者や同郷の者をえこひいきして、鍋の底の方からじゃがいもをすくってやり、そのいっぽうでほかの者たちにはびしゃびしゃの水のようなスープを『上から』すくわない、たったひとりの厨房係だったのだ……。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P78より引用

強制収容所の心理学

長らく収容所に入れられている人間の典型的な特徴を心理学の観点から記述し、精神病理学の立場で解明しようとするこの試みは、人間の魂は結局、環境によっていやおうなく規定される、たとえば強制収容所の心理学なら、収容所生活が得意な社会環境として人間の行動を強制的な型にはめる、との印象をあたえるかもしれない。

しかし、これには異議がありうる。反問もありうる。では、人間の自由はどこにあるのだ、あたえられた環境条件にたいしてどうふるまうかという、精神の自由はないのか、と。人間は、生物学的、心理学的、社会学的となんであれさまざまな制約や条件の産物でしかないというのはほんとうか、すなわち、人間は体質や性質や社会的状況がおりなす偶然の産物以外のなにものでもないのか、と。そしてとりわけ、人間の精神が収容所という特異な社会環境に反応するとき、ほんとうにこの強いられたあり方の影響をまぬがれることはできないのか、このような影響には屈するしかないのか、収容所を支配していた生存状況では、他にどうしようもなかったのか、と。

こうした疑問にたいしては、経験をふまえ、また理論にてらして答える用意がある。経験からすると、収容所生活そのものが、人間には「ほかのありようがあった」ことを示している。その例ならいくらでもある。感情の消滅を克服し、あるいは感情の暴走を抑えていた人や、最後に残された精神の自由、つまり周囲はどうあれ「わたし」を見失わなかった英雄的な人の例はぽつぽつと見受けられた。一見どうにもならない極限状態でも、やはりそういうことはあったのだ。

強制収容所にいたことのある者なら、点呼場や居住棟のあいだで、通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人々について、いくらでも語れるのではないだろうか。そんな人は、たとえほんのひと握りだったにせよ、人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない、実際にそのような例はあったということを証明するには充分だ。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 Pより引用

ニーチェ引用

「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」ニーチェ

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P128より引用

義務を引き受けること

生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P130より引用

詩人引用

「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない。」詩人引用

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P138より引用

この世にはふたつの人間の種族がいる

この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、ふたつの種族しかいない、まともな人間とまともではない人間と、ということを。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P144より引用

人間とは

人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P145より引用

経験に縛られた幼稚な人間

そういう人びとは、今や解放された者として、今度は自分が力と自由を意のままに、とことんためらいもなく行使していいのだと履き違えるのだ。経験に縛られた幼稚な人間。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P152より引用

不正を働く権利のある者などいない

不正を働く権利のあるものなどいない、たとえ不正を働かれた者であっても例外ではないのだというあたりまえの常識に、こうした人間を立ち戻らせるには時間がかかる。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P153より引用

人生には、すべてがすばらしい夢のように思われる一日がある

そしていつか、解放された人々が強制収容所のすべての体験を振り返り、奇妙な感覚に襲われる日がやってくる。収容所の日々が要請したあれらすべてのことに、どうして耐え忍ぶことができたのか、われながらさっぱりわからないのだ。そして、人生にはすべてがすばらしい夢のように思われる一日(もちろん自由な一日だ)があるように、収容所で体験したすべてがただの悪夢以上のなにかだと思える日も、いつかは訪れるのだろう。ふるさとにもどった人びとのすべての経験は、あれほど苦悩したあとではもはやこの世には神よりほかに恐れるものはないという、高い代償で購った灌漑によって完成するのだ。

ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」 P156より引用

以上になります。

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